小型ラマン分光器に関する最新技術情報 | (株)ティー・イー・エム

TECHNICAL INFORMATION

技術情報

2021.04.01

ラマン分光器

Wasatch Photonics社製 光源一体・高感度・小型ラマン分光器に関する最新技術情報

1.ラマン分光とは

 物質に波長λの光を入射すると、同じ波長λの反射光(レイリー光)とは別に、分子固有の振動数の波長成分を含む波長λ-iのストークス光と波長λ+iのアンチストークス光が散乱される。この効果をラマン効果、散乱光のことをラマン散乱光と呼ぶ。ラマン散乱光はレイリー光と比較して強度が10-6程度と微弱であるが、分子固有の振動情報を含んでいる為、レイリー光からの波数差(波長差・振動数差)を計測することにより、物質の定性検査が可能である。ラマン散乱光を分光する事で得られるスペクトルをラマンスペクトルと呼ぶ。ラマンスペクトルには分子固有の振動に基づいたピークが出現する為、このピーク位置や強度、幅から物質の定性や定量を行う事が可能となり、これをラマン分光法と呼ぶ。
 1928年にインドの物理学者チャンドラセカール・ラマンによりラマン効果が発見されてから実用化に至るまでに長い年月を要した理由として、上述したラマン散乱光の低強度が挙げられる。1960年代にレーザーが発明されるまでは、測定対象を効率良く励起しラマン散乱光を得る事が困難であった。
レーザーの発明後も、安定した測定が困難である事から市場への普及には時間を要した。1980年代に安価なサイエンティフィックグレードの検出器が販売され、急速に認知度を高めることとなった。
 類似した光学計測手法としてFT-IRが挙げられるが、ラマン分光法が散乱光を測定するのに対し、FT-IRは吸収を測定している。また、水が光を吸収しその影響をFT-IRは受けるが、ラマン分光は受けづらいなどといった相違点がある。また、ラマン分光法が優れている点として、サンプルの前準備がいらない点が挙げられる。これは励起光源であるレーザーの焦点位置でのみ、測定対象が励起されることに起因する。ビームが持つウエスト部以外の物質は測定対象とならない為、サンプルとレーザー照射口との位置を調整する事により、任意の焦点距離を取ることができるのである。これにより、例えばガラス製キュベット内部にサンプルを封入し、そこにレーザー光を照射する事により、内部のサンプルのスペクトルを取得できる。
 こうした測定の簡便性や、サンプルを選ばない汎用性の高さから、現在では理科学研究から工業用途まで、幅広い場面でラマン分光法が用いられている。

2.ラマン分光器の歴史

 ラマン分光法を行う為に用いられる分光器の事をラマン分光器と呼ぶ。市場にラマン分光器が出現した当初は、使い勝手の良い計測機器とは言い難いものであった。これは、光学設計技術や回折格子、検出器の精度が低く、モノクロメーター(単一分光器型)ではなくポリクロメーター(複数分光器型)が主流であった事に起因し、結果として大型且つ高重量で取り回しが困難であり、設置場所も除振台等限られていた為である。また、回折格子や冶具をモノクロメーターの数倍量使用するポリクロメータ―は、必然的にコストの高騰を招き、これもまたラマン分光器の普及の妨げとなっていた。
 現在では研究室のみならずフィールドでも使用されるラマン分光器として、小型化及び汎用化は必須条件であった。これを解消する為に、高精度に製造された反射型回折格子を搭載する分光器が1990年代に普及し始めた。従来の大型のものと比較して、フットプリントの低減は勿論の事、分光器内部における可動部位を取り除いた事により、外部環境要因(振動・湿度・温度)への耐性も高くなった。結果として、様々な用途・環境での使用が可能となり、サンプルを選ばず使用できる汎用性からも、広く使用される様になった。この様な小型化に起因するデメリットとしては、分光精度・測定精度の低下が挙げられる。ポリクロメータ―では複数の分光器を用いる事で迷光の低減が可能となっていた為であり、小型化された物は精度面では劣る事となった。

3.WP社概要及び透過型回折格子とラマン分光器

 WP社(Wasatch Photonics社)製ラマン分光器は、従来の反射型回折格子ではなく、透過型の回折格子を搭載している。WP社は2002年にユタ州にて設立された先進光学メーカーであり、VPHG(Volume Phase Holographic Grating: 体積位相ホログラフィック回折格子)を自社のコアテクノロジーとし、年間1万枚以上を製造し世界各国へ提供している。2010年には回折格子を用いた分光器製造に向けてノースカロライナ州に拠点を増設し、翌2011年にVPHGを搭載したOCTシステムやOCT用分光器、ラマン分光器の取扱を開始した。
 VPHGは屈折率の異なる周期的な構造を持ち、重クロム酸ゼラチン等の基材をガラスでシーリングされており、取扱が簡便であるというメリットを持つ。同社はVPHGの標準品を多数ラインナップしており、また要望に応じたカスタム対応も可能である。その為幅広い用途に合わせた提案が可能であり、後述するVPHGの利点を活かし、数多くのアプリケーションで使用されている。
 同社製VPHGの主な特長として、1.高効率 2.低偏光依存性 3.波長分散効率が良い 4.低迷光 の4点が挙げられる。これらは、同製品がホログラフィックを応用して周期構造を施されている点に起因する。従来の機械刻線によって表面立体構造が施された回折格子では、刻線数に限りがあり、結果として波長分散にも限度があった。また、回折格子のマスター品からレプリカ品を製造する為劣化やエラーが生じ、迷光の原因となっていた。図に透過型回折格子と反射型回折格子の模式図を示す。

Wasatch Photonics社製光源一体・高感度・小型ラマン分光器に関する最新技術情報01反射型回折格子と透過型回折格子の模式図

 上述した良分散という特長により、光路長短縮が可能となる。これにより、反射型回折格子を搭載した分光器は、長光路の物と比較して損失が少なくなり、いわゆる“明るい”分光器を実現する。また、光路長の短縮は同時に製品の小型化に寄与する事となり、アプリケーションの幅を拡大する事となる。
このVPHGを用いる事でWP社では、>4㎝-1と高精度の波数分解能を持ちながらもハイスループットなラマン分光器を実現している。装置構成は下記4種から選択が可能である。1.光源一体型 2.光源一体・ファイバーカップル型 3.ファイバーカップル型 4.スリット型 各タイプの装置構成外観を以下の写真に示す。

Wasatch Photonics社製光源一体・高感度・小型ラマン分光器に関する最新技術情報02写真: 装置外観

 サンプルが液体や粉体であり、キュベットに封入できる程度の十分量がある場合は、サンプルホルダーを用いた測定が推奨される。また、サンプルホルダー内での測定が困難となる大型のサンプルや個体サンプルに対しては、プローブ及びプローブを固定可能な冶具(例:クランプ)の使用が望ましい。
 対応波長としては、405 / 532 / 633 / 785 / 808 / 1064nmの6波長をラインナップしており、測定対象によって選択する必要がある。通常であれば、励起に高エネルギーを要する無機系サンプル(グラフェン、ダイヤモンド、半導体材料、金属酸化物、鉱物 等)の場合は短波長の405nmや532nmを用いる事が多い。反対に、有機系サンプル(化学薬品、医薬品、食品、生体サンプル、油脂サンプル、ポリマー、染料 等)の場合は、サンプルからの蛍光を軽減する必要がある為、長波長を用いる事が多い。
 波数レンジに関してはSR(Standard Range)タイプを標準品として、ER(Extended Range)タイプをオプションとして選択できる。対応波長により波数レンジは異なるが、一例として532nmの場合はSRタイプが125cm-1~2600cm-1であるのに対し、ERタイプは250cm-1~4000cm-1までの測定が可能である。
 冷却機能としては3種類のラインナップがあり、それぞれAmbientタイプ(非冷却)、Regulatedタイプ(10℃まで冷却可能)、TECタイプ(-15℃まで冷却可能)となっている。高感度検出を必要としない標準的なアプリケーションにおいてはAmbientタイプでも十分だが、非常に低いLoD(Limit of Detection:検出限界)を有するサンプルや長時間の積算を必要とする際には、読み出しノイズを抑えられるTECタイプが推奨される。

4.WP社製ラマン分光器と従来のf値4の一般的なラマン分光器の比較

 以下のグラフは、励起波長830nmのWP社製ラマン分光器と、f値4の標準的なラマン分光器でそれぞれ得られたラマンスペクトルの強度を比較した物である。2つのスペクトルを比較すると、WP社製ラマン分光器で取得したスペクトルの方が、強度が約10倍高い事が分かる。 

Wasatch Photonics社製光源一体・高感度・小型ラマン分光器に関する最新技術情報03グラフ:1

 グラフ2は、水で6倍に希釈した濃度0.05%の磯プロピルアルコールを定量測定したものである。縦軸のSNR=3の時をLoD(Limit of Detection:検出限界)とし、従来のラマン分光器のLoDが濃度3.06%であるのに対し、WP社製ラマン分光器では濃度0.13%まで検出可能である事が分かる。

Wasatch Photonics社製光源一体・高感度・小型ラマン分光器に関する最新技術情報04グラフ2

 グラフ3では、シクロヘキサンを測定対象に、スリット高50μmのWP社製ラマン分光器を用いて2秒間の測定を、スリット高100μm・f値4の分光器を用いて21秒間の測定を行い取得したラマンスペクトルを比較したものである。WP社製ラマン分光器を用いた測定では、10分の1以下の時間で従来のラマン分光器で得られるラマンスペクトルと同等の強度のものが得られる事が分かる。測定時間の短縮は、時間コストの低減は勿論の事、測定時に発生する読み出しノイズを防ぎ、より正確な測定を可能にする。

Wasatch Photonics社製光源一体・高感度・小型ラマン分光器に関する最新技術情報05グラフ3

 以下のグラフ4及びグラフ5は、Ambientタイプ(冷却機能非搭載)のWP社製ラマン分光器と、従来のf値4の分光器で、それぞれ温度変化に対するピクセルシフトを示したものである。WP社製ラマン分光器では、40℃の温度変化(0℃~40℃)によって2ピクセルのシフトが生じる。一方、f値4の従来品では同条件下にて5ピクセルのシフトが生じている。

Wasatch Photonics社製光源一体・高感度・小型ラマン分光器に関する最新技術情報06グラフ4

Wasatch Photonics社製光源一体・高感度・小型ラマン分光器に関する最新技術情報07グラフ5

5.最新応用例の紹介

 Wasatch Photonics社ではここ数年応用用途の開発に注力している。これまで述べたRamanの特長を活かし、応用が期待できる分野は、食品、薬品、爆発物、高分子材料及び半導体等が代表例と思われる。堅牢な設計のポータブルユニットは、使用環境を選ばず、従来の反射型高精度Raman分光装置に匹敵する感度及び測定精度を容易に得られる事は特記すべき特長である。

小型レーザーラマン分光器製品紹介

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参考文献

Wasatch Photonics社技術資料  

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